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札幌地方裁判所 昭和59年(行ウ)1号 判決

原告

高橋英昭

柴崎冨子

右両名訴訟代理人弁護士

友光健七

右高橋訴訟代理人、右柴崎訴訟復代理人弁護士

猪狩康代

右両名訴訟復代理人弁護士

猪狩久一

右高橋訴訟代理人弁護士

小野寺利孝

安田寿朗

山本高行

村松弘康

被告

室蘭労働基準監督署長田村豊

右指定代理人

小川賢一

山形武

小林勝敏

清田京治

長沼光俊

主文

一  被告が昭和五五年一二月二四日付けで行った原告両名に対する労働者災害補償保険法による遺族補償一時金不支給処分及び原告高橋英昭に対する同法による葬祭料不支給処分は、これを取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  亡たかが死亡に至った経緯

(一) 亡高橋たか(以下、「亡たか」という。)は、大正七年四月一九日に生まれ、昭和三〇年四月頃、北海道虻田郡豊浦町に所在する有限会社村井金物店に採石婦として雇用され、同町所在の採石場で稼動することとなり、同四二年一二月までの通算一二年九か月の間、粉じんに曝される作業に従事した。亡たかは、昭和四三年から同四四年にかけて豊浦町国民健康保険病院(以下、「豊浦国保病院」という。)や岩見沢労災病院において肺結核の治療やじん肺症の検査を受けたところ、じん肺症に罹患していることが判明し、昭和四四年四月三〇日付けで、被告から業務上の疾病として同四二年一二月一三日じん肺症に罹患しその症状がじん肺法四条にいう「じん肺管理区分四」に該当する旨の認定を受けた。

(二) 亡たかは、次のとおり疾病に対する治療を受けたが、昭和五五年一〇月八日死亡した。

(1) 昭和四三年八月一五日から同四四年一〇月六日までの間、豊浦国保病院に入院(肺結核治療のため)

(2) 昭和四七年六月二二日から同年八月六日までの間、岩見沢労災病院に入院(気管支肺炎の治療のため)

(3) 昭和五三年七月一六日から同年一一月四日までの間及び同五五年八月二七日から同年九月一日までの間、豊浦国保病院に入院または通院(腎結石の疑い・冠不全のため)

(4) 昭和四四年一月二二日から同五五年八月八日までの間、投薬及び診察を中心としたじん肺症の治療のため、岩見沢労災病院に継続的に通院

(5) 昭和五五年九月五日から同年一〇月八日までの間、伊達赤十字病院に入院(胆石症・腎不全・胆嚢炎の治療のため)

2  被告の本件処分

(一) 原告らは亡たかの子であるところ、亡たかにはその死亡当時配偶者がなく、亡たかの収入によって生計を維持している子、父母、祖分母もなかった。また、原告高橋は亡たかの葬祭を執り行った。したがって、原告らは労働者災害補償保険法一六条の七により遺族補償一時金の、原告高橋は同法一二条の八により葬祭料の各保険給付の受給資格を有する遺族に該当する。

(二) 原告らは、昭和五五年一〇月一八日、被告に対し右各保険給付金の請求をした。ところが、被告は、同年一二月二四日付けにて、亡たかの死亡が労働者災害補償保険法七条一項一号にいう「労働者の業務上の死亡」に関するものではないとして、右各保険給付金を支給しない旨の処分(以下、「本件処分」という。)をした。原告らは、本件処分を不服として適法に審査請求及び再審査請求の不服申立手続を行ったが、同五八年一〇月一五日、再審査請求を棄却する旨の労働保険審査会の裁決があったことを知った。

3  本件処分の違法性

ところで、以下のとおり、亡たかの死亡は、じん肺症に起因する肺炎が相対的に有力な要因となって惹き起こされたのであり、じん肺症に起因するものと評価すべきであるから、労働基準法七五条、七九条、労働者災害補償保険法七条が規定する「業務上の死亡」というべきである。したがって、本件処分には業務上外認定の誤りがある。

(一) 亡たかが死亡に至るまでの同人の臨床所見は別紙のとおりであり、同人は、伊達赤十字病院に入院した当時腎不全(慢性腎炎)に罹患しており、重篤な尿毒症の症状を呈して死亡したものである。

(二) ところが、別紙にみられるとおり、亡たかの体温が昭和五五年九月二八日頃三八度近くに上昇したこと、四〇〇〇台であった白血球数が同三〇日には一挙に九五〇〇まで急増していること、同二九日の喀啖検査で緑膿菌が検出されたこと、同一〇月四日のレントゲン検査で左下肺野に湿潤性の陰影が現れ同七日のレントゲン検査ではその陰影が拡大し右肺下葉にも現れたことの所見を総合すれば、亡たかは昭和五五年九月二九日頃には肺炎に罹患していたとみなければならない。亡たかはその死亡直前に尿毒症の状態にあったが、これは伊達赤十字病院に入院する前から罹患していた腎不全がそれ自体で急速に進行したためではなく、昭和五五年九月二九日頃罹患した肺炎という感染症の影響によって腎不全が致命的なほどに急速に悪化し尿毒症に至ったのである。

(三) ところで、亡たかは、じん肺症によってその肺の広汎な部分が荒廃し、肺に感染症を惹き起こしやすい状態となっており、そのため肺炎に罹患したのであるところ、これが必ずしも致命的でなかった腎不全を致命的な尿毒症の状態まで悪化させたのである。したがって、亡たかの死亡は、じん肺症の合併症である肺炎によるものというべきであるから、結局じん肺症と相当因果関係に立つ死亡である。

(四) また、肺炎が亡たかの死亡に対して致命的ではなく、同人の死亡が単に腎不全の進行の結果惹き起こされた尿毒症によるものであったとしても、一般に、じん肺患者にはアジュバント効果と呼ばれる免疫異常(すなわち、各種抗原に対し抗体を作る機能が異常に高まり、自己に対する抗体まで産出させる状態)があり、これが、糸球体腎炎、膜性腎炎という感染症でない腎炎を多発させ腎機能低下を招くのであって、本件の腎不全もじん肺症によって惹き起こされたものというべきであるから、やはり、亡たかの死亡とじん肺症とは相当因果関係に立つといわなければならない。

4  よって、原告らは、業務上外の認定を誤った違法な本件処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の各事実は認める。

2  同3(一)の事実は認めるが、同(二)、(三)につき、亡たかの死亡が肺炎によるとの点は争う。この点に関する被告の主張は、後記のとおりである。

3  同3(四)は否認する。アジュバント効果に関する原告の主張は医学的に承認されたものではないうえ、そもそも、亡たかの腎不全が糸球体腎炎や膜性腎炎によるものということはできない。

(被告の主張)

亡たかは、昭和五三年七月一六日、尿中に赤血球が認められたことから腎結石の疑いとの診断を受け、この時点で何らかの腎障害があり、同五五年七月の検査結果により、腎機能障害が明らかになったものである。亡たかは、最終的には昭和五五年一〇月八日尿毒症により死亡したが、その間、同九月二二日のレントゲン検査で心胸郭比(CTR)が〇・五四、同一〇月四日及び同月七日のレントゲン検査でCTRが〇・五六というCTR〇・五を超える心拡大の所見が現れており、さらに、右一〇月四日のレントゲン検査で確認された左下肺野の異常陰影が同一〇月七日のレントゲン検査で右下肺野まで拡大したことが認められたのである。この心拡大の傾向は、腎機能不全の進行とともに左心負荷を来していたことの現れであり、右肺の異常陰影は、腎不全が次第に重篤な尿毒症に進行するとともに、左心負荷のため肺水腫が生じたことの現れであって肺炎によるものではない。このように、亡たかの臨床所見は、いずれも、腎不全の進行を示すのである。伊達赤十字病院で亡たかを死の直前まで診察していた水本医師も、慢性腎不全が同人の致命的な疾患であった旨の死亡診断書を作成しているのである。

なお、亡たかは、昭和四四年一月から同五五年八月までの間岩見沢労災病院でじん肺健康診断を受診しているが、その間、肺全体の繊維化はあるものの肺機能自体は比較的良く保たれていたのであって、そのじん肺症の症状には著しい増悪傾向はみられなかったのである。したがって、亡たかが、その荒廃した肺組織の抵抗力の低下により易感染状態になっていたようなことはないから、この点からも同人の肺炎の罹患は否定されるべきである。

また、原告は、発熱、白血球数の増加、緑膿菌の検出をもって肺炎罹患の所見であるというが、発熱は胆石を原因とする胆嚢炎である可能性があり、白血球の増加は胆嚢炎、腎孟炎ないしは抗生物質(ケフリン、ビクシリン)の影響である可能性が否定できず、また、緑膿菌は肺のみでなく口内や上気道気管にも存在するのであって直ちには肺炎と結び付けることはできない。右所見は、必ずしも肺炎の所見とみなすことができないのである。

したがって、亡たかの死亡は、じん肺症とは関係のない同人の慢性疾患たる腎不全によるものであり、業務上の死亡とすることはできず、本件処分は適法というべきである。

第三証拠(略)

理由

第一亡たかの死亡とじん肺症の相当因果関係について

一  亡たかの死亡の機序と業務上外認定について

1  請求原因1及び2の事実(亡たかの職歴、じん肺管理区分四に該当するじん肺症の存在、これが業務上の疾病であること、亡たかの治療経過及びその死亡の事実)並びに同3(一)の事実(亡たか死亡前の臨床所見が別紙のとおりであること)は、いずれも当事者間に争いがない。これによれば、亡たかは、重度のじん肺症に罹患したまま一〇年以上生存していたが、昭和五五年五月頃には腎不全の状態にあり、これが同年一〇月以降極めて急激に悪化し、同月八日重篤な尿毒症の症状を呈して死亡するに至ったのである。

2  ところで、本件においては、亡たかの死亡とじん肺症とを直截に結び付ける因果関係、すなわち、じん肺症が腎不全の有力な要因であり、かつ亡たかの腎不全もじん肺症と不可分に起因しこれが尿毒症まで進行して同人の死亡がもたらされたとの事実を認めるに足りる証拠は十分ということはできない。すなわち、(証拠略)には、右のような因果関係を肯定するかのような部分があるが、同証人の証言によれば、それは医学的に広く承認されたものではないうえに、亡たかが同号証にいうアジュバント病の症状にあったとを裏付ける客観的な臨床所見は十分でないとのことであるから、同号証の右記載を直ちに採用することはできない。

3  しかしながら、原告主張のように、必ずしも致死的でなかった腎不全が、肺炎の罹患によって急激に悪化し尿毒症に至ったとすれば、特段の事情がない限り、その肺炎はじん肺症による肺の荒廃・抵抗力の低下によってもたらされたものと推認すべきであり、かつ、その肺炎が亡たかの死亡の引金になったと評価すべきといわなければならない。すなわち、証人酒井一郎及び同海老原勇の証言によれば、じん肺に罹患している者の気道や肺は外からの菌の侵入に対しこれを排除する抵抗力が弱く細菌に感染し易いこと、腎疾患において感染は腎の病変を憎(ママ)悪させて腎機能を低下させることは、いずれも医学的に良く知られた機序であると認められるのである。そして、その場合には、亡たかの死亡を惹き起こした複数の要因の中で、肺炎を生ぜしめたじん肺症が相対的に有力な要因というべきであるから、結局のところ、亡たかの死亡は、じん肺症と相当因果関係に立つものであり、労働者災害補償保険法七条が規定するところの業務に関する死亡と解すべきである。そこで、以下、亡たかの死亡が原告主張のような機序によるものか否かについて検討する。

二  亡たかの死亡の機序について

1  前記争いがない事実並びに(証拠略)及び証人海老原勇の証言によれば、(一) 昭和五五年九月二五日以前の亡たかの腎不全の症状は、決して良い状態とはいえないものの、左心の荷重負担から肺水腫を招来するほどには重篤とはいえないこと、(二) 昭和五五年九月二九日の喀啖検査で緑膿菌が検出され、翌三〇日の検査で白血球数が同二五日の倍以上の九五〇〇に急増し、同一〇月一日以降三八度台の高熱が続き、同四日のレントゲン検査で左肺下葉に湿潤性の陰影が現れたという臨床症状は、緑膿菌感染による急性肺炎への罹患を示すとみるのが最も合理的で無理のない理解であること、(三) 昭和五五年一〇月七日のレントゲン検査で左心肺葉の陰影が拡大したばかりでなくこれが右肺下葉にまでおよんでいるが、左肺の陰影は右肺のそれよりかなり大きく、典型的な肺水腫の陰影とは異なること、(四) もっとも、昭和五五年一〇月七日頃はすでに腎不全が悪化して尿毒症の症状が顕著になっていたため、左心不全の結果肺水腫も起こっていたことは十分考えられるが、このこと自体は、これに先立つ肺炎罹患の可能性を何ら疑わしめる事情とはならないこと、(五) 一般に、肺炎のような感染症は、腎不全の症状を急激に悪化させる大きな要因となること、(六) 伊達赤十字病院の水本眞知子医師も、亡たかが死亡一週間前に肺炎に罹患していた旨の診断をしていることの各事実が認められる。

2  以上の認定事実に照らせば、亡たかの有していた腎不全という疾患は、それ自体では直ちに生命の危険を招来するものではなかったが、同人が昭和五五年九月末頃肺炎に罹患したためこれが引金となって、その症状が急激に悪化し尿毒症の状態に至ったと推定すべきである。

3  なお、(証拠略)及び証人酒井一郎の証言中には、(一) 亡たかが腎不全の症状にあったこと、(二) 昭和五五年九月二二日のレントゲン所見でそれまで〇・五以下だったCTRの値が〇・五四になり心拡大の傾向があり、さらに同一〇月四日及び七日のレントゲン所見ではCTRの値が〇・五六になり心拡大が続いていたこと、(三) したがって、昭和五五年一〇月四日及び七日のレントゲン検査の結果に見られる湿潤性の陰影は、肺炎によるものではなく肺水腫によるものである旨の部分がある。しかしながら、(証拠略)には、昭和五五年九月二二日から同一〇月四日及び七日までのCTR値の上昇を裏付ける基礎数値が現れておらず、右CTR値の上昇が必ずしも客観的に裏付けられているとはいえない。また、その程度のCTR値の上昇が肺水腫の発生をどの程度の確率で裏付けるものか、そして右のような結論が白血球数の増大という臨床所見や肺炎の発症を認める死亡診断書(〈証拠略〉)と整合するのかという点が必ずしも明瞭となっていないというべきである。したがって、直ちに右証拠を採用して前記推認を覆すことはためらわれるといわなければならない。

また、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる(証拠略)によれば、亡たかが最後に治療を受けた伊達赤十字病院の大西慎二医師は、亡たかが胆石症により胆嚢炎を惹起し腎不全を伴ったもので、その死亡とじん肺症には因果関係がない旨診断していることが認められる。しかしながら、右診断は、同病院の診療録(〈証拠略〉)、同病院の医師水本眞知子作成にかかる死亡診断書(〈証拠略〉)に照らせば、いつどの程度の胆嚢炎が惹起しこれが亡たかの死亡とどのような関係があるのかにつき根拠が疑問であるといわなければならない。したがって、右証拠もやはり採用し難く、他に前記推認を覆すに足りる証拠はない。

第二じん肺症と肺炎の関係について

ところで、被告は、亡たかはじん肺症ではあったものの、その肺機能は比較的良く保たれていた旨主張し、亡たかが肺の荒廃により抵抗力を低下させ易感染状態であったことを否定するかのようである。そこで、この点についても判断するに、証人酒井一郎及び同海老原勇の各証言によれば、(一) 昭和四四年から同五五年九月の間、亡たかの肺機能自体は一秒率が若干低下した程度で著しい衰退がみられないものの、粉塵による肺の塊状巣が次第に繊維化・石灰化したほか、塊状巣も拡大し肺全体の三分の一を超える大きなものとなっていること、(二) 亡たかが感染した緑膿菌は、通常人であれば排除が容易であって、これにより肺炎に罹患することが稀であることがあきらかである。したがって、本件においては、亡たかの肺炎罹患はじん肺症によってもたらされたものでないとの特段の事情は見当たらないといわなければならず、前記説示のとおり、右肺炎罹患はじん肺症に起因するものというべきである。

第三結論

以上の次第で、亡たかの死亡は業務上の死亡というべきであるのに、その認定を誤った本件処分は違法であって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 根本眞 裁判官 石井寛明 裁判官 橋詰均)

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